続・ギタフリおじさんの長い話③

前回の記事では、暗黒期の始まりであるXG3と、関西勢にとって地獄絵図となったKAC2012についてお伝えした。

始まりがあるということは、当然続きがある。そう、無印GITADORAの前半は、ギタドラ勢にとって悪夢としか言いようがない苦難の時期であった。

今回の記事では、まずKAC2012開催以後、XG3の間に俺が行った修行の内容についてお伝えした後、無印GITADORAで起きた出来事と、年末のKAC2013についてお送りする。

ランセレ!ランセレ!ランセレ!

2012年12月27日のグランドフィナーレを終え、冬休みということで実家に帰った俺。

引退宣言を発表したらいむ君の無念と、プライベートの事情によりおそらく2013年以降はギタフリのトップシーンから引退することを仄めかしていたななろくさんの意志を継ぐために、俺は全国優勝を目指すための修行を始めた。

しかし、当時の俺のスキルは確か、8300だ。今の基準に直すと、だいたい8600か、贔屓目に見ても8700程度の腕前。当時の順位で言うと80位から90位ぐらいで、トップランカーとの間には何枚もの絶望的な壁が立ち塞がっていた。

余談になるが、ELCIE-G氏がKAC2012が終わった直後のサープラ二条店にひょっこりと現れ、KAISER PHOENIX紫G正規で軽々とS判定を出し、ななろくさんに匹敵するスコアを出していたのも鮮やかに思い出される。

ああいう人が、決勝の舞台に立てるんだろうな。カイザーで一度もS判定をとったことが無かった俺は、そう思いながらまずは根本的な地力の改善に着手した。

ギタフリおじさんの長い話を読んでくださった方ならわかると思うが、V4以来俺の目的は『公式大会のブロック決勝に出場すること』に集約されており、ワイリングと中難度譜面の安定感を磨くことのみに全てを懸けていた。

V時代のレベル90台後半や、XGでのレベル9台の難譜面の攻略にはまるで時間をかけていなかったため、ブロック決勝までに必要とされる程度の曲の出来と、超発狂の曲の出来に大きな乖離があったのだ。

となれば、やることは一つだ。まずは、高難度譜面を積極的に触るべき。

俺が選んだのは、シンプルな作戦だった。

当時のことなのでうろ覚えになるが、確か難度別フォルダはまだ0.5刻みではなく、1.0刻みで分かれており、8台からランセレ、9台からランセレという形だったはず。

ゲーセンに着いたら、まずは1クレ、8台ランセレで回し、腕を温める。

そしてその後は、ひたすら9台ランセレにカーソルを合わせ、帰宅するまで意思なき機械人形のようにプレーし続けるという方法を選んだのだ。KACのための練習だから、もちろん正規縛りである。

文字で見ればシンプルだが、これがなかなかの苦行であった。

オンラインマッチングは不評であったため、稼働終盤には日替わりでピックアップされた曲のみマッチングし、その他の曲は一人でプレーする仕様に変わっていた。

そしてXG2までや、今のバージョンにはある、落ちても3曲はプレーできるという保証はなく、1st stageのみ落ちても次に進むことができ、2nd stage以降は閉店すれば即クレジット終了という状態でこの修行法に挑んでいた。

つまり、2nd stageで一網打尽紫Gやコンチェ紫Gを引き当てれば、腕前的にそこでクレジット終了である。

確か当時はランセレを押した時点で曲のBPMやレベルはわからず、難度とパートだけが表示されるという仕様だったから、一網打尽を引いたとわかった時点で赤Gに逃げたりすることも不可能だった(正直記憶は無いが、一網打尽紫Gで落ちていた記憶はあるからこういう仕様だったはず)。

さらに、今のようにアンコールに進出できなければクレジットを重ねるごとにゲージが緩和されるという特典も当時は存在せず、1クレごとに必ずS・S・Aを揃える必要があった。

つまり、一網打尽やコンチェクラスの曲を引かなくても、Rock to InfinityやX-treme Grade辺りを引いてB判定を出してしまったらそこでアンコール行きは断念だ。

今の時代に換算してスキル8600程度のプレイヤーにとって、この作戦を遂行することがどんな精神的苦痛と経済的負担を伴うか、想像していただけるだろうか。

そして、レベル9台をランセレし続けるということは同時に、肉体的にも大きな負荷をかけることになる。5クレほどプレーした時点で両腕は悲鳴を上げ、何度も稼ぎ曲や好きな曲に逃げそうになった。

それでも俺は、歯を食い縛ってスタートボタンを押し続けた。

全ては、らいむ君に報いるため。その一心で、心を無にして毎日20クレほど9台ランセレを正規で回し、ボロボロになりながら自宅とゲーセンを往復する日々を続けた。

変化の兆しが見えたのは、2ヵ月ほど経った頃だ。

一網打尽紫Gにクリアマークがつき、B判定しか出なかった曲がA判定に、A判定しか出なかった曲がS判定に移り、全ての曲で達成率は5%以上上がり、スキルポイントもめきめきと伸び始めた。

XG3終盤の俺は、まさにごぼう抜きという勢いでスキルランキングを駆け上がっていった。最終的には8430ポイント辺りで止まり、虹ネには届かなかったが、確か稼働終了時点での順位は48位。

目に見えて腕が上がり始めた時点から2週間程度の間に40位ほど順位を上げ、修行の成果に手応えを感じていた。

冬休みが明けて京都に帰ってからは、スキル的に遥かに格上のELCIE-Gとともにプレーし、彼に刺激されてさらに腕前を上げた。そんな中、無印GITADORAが稼働を開始した。

悪夢の無印GITADORA

人様が一生懸命に作ったものを悪し様に言うのは、本当に心苦しいことだ。できればしたくない。

しかし、無印GITADORAの稼働初期を語る際には、どうしてもネガティブなイメージが先行せざるをえない。

その詳細を、これから語っていこう。

無印GITADORAのロケテが開催されたのは、どうやら2012年10月のことのようだ。

KAC2012より前のことになるのね。その辺の記憶は完全に曖昧だが、大阪でのロケテストに向かった俺を待っていたのは、それまでの無駄にゴージャスなXG筐体とは一線を画した、洗濯機のようにコンパクトな白筐体だった。

タイミング的に、処理落ちや大夏祭りを経て、多くのプレイヤーがギタドラに愛想を尽かしていた時期だ。どんな変化に対してもネガティブな反応しかしない人も多かったから、白筐体に対しても『見た目がショボい』という不評が相次いだ。

しかし、見た目がショボい白筐体は、そのコンパクトさゆえに、今まではXG筐体を置けなかった小型店舗にも設置することが可能だ。

その登場に対しては、俺は好意的であった。しかし、無印GITADORAにはその点以外に、いくつかの懸念事項があった。

まず、オトベアの登場である。

それまでのギタドラにおけるマスコットキャラクターといえば、B.BONE、T.BONE、Q.BONE先生の3人組と、可愛らしいにゃぐわであった。

ちなみに上の画像は、XG3のガチャ演出動画から抜き出させていただいた。興味がある方は動画をご覧いただきたい。

この演出を楽しいと感じるか嫌悪感を覚えるかは人それぞれだろうが、まぁXG3というのはこういう方向性を目指していた作品だったという空気が味わえると思う。

それらの愛されたキャラクターを押しのけて、無印GITADORAからの新マスコットとして採用されたのがこのスピーカーの化け物オトベアだ。

古参勢は軒並み、この変更に対して否定的な反応を示した。オトベアが加入することはいい。何故それまでに慣れ親しんできたキャラクターたちの姿が全く見えないのか。

XG3でのアバターといい、ギタドラは、とんでもない方向に向かっているのではないか。そんな俺たちの思いに拍車をかけたのが、悪名高いアプリ解禁だった。

これが当時のポスターである。

XGシリーズ初期の硬派な雰囲気とは一変し、ライト層を取り込もうと目論んでいたことが一目でわかる。

『XGを、はじめよう!!』という前作のキャッチフレーズに反し、XGシリーズとしてのナンバリングが終わってGITADORAというとっつきやすい(?)ネーミングになったのもその一環だろう。

ポスター下部に見ることができる、スマホアプリの導入も、当時の時流に沿ったものであった。そしてこのスマホアプリが、困ったもんだの大問題であった。

……これ、面白そうに見える???

流行りに乗って導入された、スマホアプリのミニゲーム。そのゲーム内容はアーケードのギタドラとは関係がなく、出来はお世辞にも良いとは言えなかった(ただし、ハマる人はハマったらしく、楽しんでプレーしていた人も少数ながらいる)が、問題の核心はミニゲームの出来ではない。

隠し曲を解禁するために、これらのミニゲームをプレーすることが必須だった。しかも、ガラケーやInternet Explorerからは閲覧不可であり、FireFox、Google Chrome、スマホのいずれかを用いてアクセスすることが必須だったのだ。

今でこそ誰もがスマホを持っているが、当時は2012年。まだガラケーを愛用している人も大勢いた時代だ。俺もその中の一人だった。インターネットのブラウザも、まだ一般人にとってはInternet Explorerが主流だったと思う。

そもそも、隠し曲を解禁するために何故筐体以外でのプレーが要求されるのか。そして、何故人によって格差が生まれるようなアクセスの制限が存在するのか。

不満の種は尽きなかったが、それでもパソコンからアクセスする手段が存在するということは僅かな救いであった。

そう、僅かな救いだと思っていたのだ。

無印GITADORA稼働

先に、無印GITADORAのいいところを列挙していこうと思う。

プロデューサーのまんぷく氏いわく、無印GITADORAは『それまでのギタドラの贅肉部分を全て削ぎ落とし、シンプルな要素だけを残すことを目指した作品』らしい。

それならば何故余計なアプリ要素など付け足したのかと小一時間問いたいところだが、XG3で指摘されていた悪い部分には多々改善も見られた。

アバターやオンラインマッチングの要素は全て廃止され、リザルト画面の表示のテンポも非常に良くなり、プレー時間が2/3ほどになったのではないかと体感されるぐらいサクサクのプレー感になった。

また、ノーツを弾いてから音が鳴るまでのレスポンスが向上。より快適にプレーができるようになり、またXGシリーズまでのレスポンスでプレーしたければそのようにカスタマイズすることも可能であった。

それまでプレイヤーネームにはアルファベットしか使うことができなかったが、本作からはひらがな、カタカナ、漢字を用いることが可能。

また、ステージが3曲保証になり、途中で閉店しても次のステージに進むことができるという要素が復活した。

これらのように、改善点も多々あったのだ。しかし、これらのプラス要素をプレイヤーが喜んで迎えることは無かった。改悪点が、大きすぎたためだ。

改悪その①。エクストラ&アンコールステージの廃止。

アンコールステージは、GuitarFreaks & DrumMania 4th & 3rd MIXという太古の昔から存在した、ギタドラの根幹をなすといっても過言ではない要素だ。

好成績をとったプレイヤーへのご褒美として、1曲追加でボス曲を遊ぶことができる。気持ち的にもお財布的にも嬉しい要素であり、アンコール進出を大きな目標にしていた初心者も多かったのではなかろうか。

10th & 9th MIXでは、アンコールの上にさらに進出条件が厳しいプレミアムアンコールが導入され、上級プレイヤーはTimepiece Phase IIの美しいクリップと旋律に酔いしれた。

ギタドラ史上最高傑作と名高いV3では、EXTRA RUSHが導入された。それまでのバージョンでは1作通してエクストラ・アンコールのボス曲が固定だったのだが、この作品からオンラインアップデートでボス曲が更新されるようになった。

これが大ウケし、V3~V5におけるギタドラの大隆盛に一役も二役も買っていたのは間違いない。EXTRA RUSHの更新日には現地班が手ぐすねひいて待ち構え、2chやmixiなどで情報が一気に拡散されるのが恒例行事だった。

BEMANIシリーズといえば、IIDXやポップンに並んで人気なのがギタドラ。そう胸を張って言えるぐらい、皆が目を輝かせて筐体に並んでいた時代があったのだ。

そんなギタドラの象徴とも言えるアンコールステージが、撤廃された。エクストラステージも無くなり、1クレジットで遊べる曲数は3曲固定になった。

理由は、『プレー時間の均一化のため』だそうだ。

改悪その②。ランキングの廃止。

V時代から公式のホームページに載せられていたスキルランキング、全曲スキルランキング、曲別スコアランキングが、この作品から姿を消した。

スキルの順位自体は筐体で確認することができたが、自分の前後に誰がいるか、どのぐらい離れているかなどは一切わからなくなった。

プレイヤー同士が切磋琢磨する基準であり、ランカーにとっては自己顕示欲を満たすこともできた大事な場所が、いきなり失われたのだ。

どう考えてもインカム的にはマイナスであろうと思われるこの決断に、何故KONAMIが踏み切ったのかは皆目見当がつかない。

ひょっとしたら、やばさがによるランキング荒らしが一因だったのではないかと邪推することもできるが、真相は闇の中だ。

改悪その③。アプリ解禁の中身。

ロケテストの時点ではFireFoxやGoogle Chromeからも閲覧可能だったGITADORAアプリ。これが何故か、基本的にスマホかiPadなどのタブレットからしか閲覧することができなくなっていた。

パソコンで閲覧しようと思ったら、BlueStacksというエミュレータをわざわざダウンロードしなければならない。そしてBlueStacksを用いたアクセスは不安定であり、ミニゲームのプレーが記録されなかったり、ゲームによっては高得点を出すことが難しい状況であった。

つまり、ガラケーしか持っておらずBlueStacksをダウンロードする気もないプレイヤーは、隠し曲を解禁できないという状況に陥った。

加えて、もしスマホを持っていたとしても、ギタドラの隠し曲を解禁するために、わけのわからないミニゲームのプレーに時間を割かなければならなかったのだ。

以上が、改悪の3本柱である。何が『贅肉を削ぎ落とした』だ。こんなのはまるで、背骨と肋骨を抜き取って脂肪を足したようなものではないか。

これらにより、稼働直後のギタドラ界隈は阿鼻叫喚の生き地獄であった。

特に、ランキングやアンコールを楽しみにプレイしていた上級者からの不満の声の大合唱は凄かった。XG3の時点で誰もがフラストレーションを溜めていたところへの、とどめの一撃。

Twitter上では引退宣言が次から次へと飛び交い、それでもギタフリを愛していた俺は精一杯の火消しをしようと、ポジティブな要素を見つけてはツイートすることに躍起になっていた。

使っていなかった母親のスマホを借り、スマホを持っていたとしても複雑で効率的な方法がわかりづらかったアプリ解禁の要点を拡散し、とにかく必死で自他のギタドラへの想いを繋ぎ止めようと努力した。

しかしそんな中で、俺自身のギタフリへの熱も若干冷めつつあった。いや、熱が冷めたわけではない。こんな地獄のような状況の中で、疲れ果ててしまったというのがより正確だ。確か、当時アプリで解禁できた曲を全曲は解禁していなかったように思う。

その後アプリ解禁は幾度かの変遷を経て、少しずつ良いものには変わっていった。解禁の効率が良くなったり、イーラインやイーベアカンフーといった少しは面白さを感じられるミニゲームが追加されたりはした。ちなみにぴこ君はイーラインが異常に上手かった。

しかし、解禁のためにスマホ所持とミニゲームのプレイが必須であるという根本的な点には長らく改善がなかった。

初代XGの時点で目に見えて減り、XG2で少し持ち直し、XG3でまた減ったプレイヤー数は、この惨状の中で日に日に減っていったように思う。ギタドラ界から、活気は失われた。これが暗黒期の頂点だ。

春頃、栗坊さんが大阪に遊びに来てくれて、多くのプレイヤーがラウンドワンに集まった、その日の帰り道。

電車の中で、俺はこりつさんという古参プレイヤーと、暗い顔をして会話をしていた。

「ギタドラ、終わっちゃうんですかねぇ」と。

決壊、そして再起

2013年5月。諸悪の根源の一つであるアプリ解禁に対し、文字通り風穴を開けるツールが開発された。

その名も、『まっする砲』。

俺はこのツールを使わなかったから、その詳細は知らない。当時のログを漁って推測するに、『ミニゲームでライブを盛り上げてゲージを溜め、隠し曲を解禁する』というコンセプトだったアプリにおいて、ミニゲームの最高得点をとんでもない回数出したことにし、一瞬でゲージを溜めることによって隠し曲を簡単に解禁するという趣旨のものだったようだ。

要するに、アプリにログインすることさえできれば、ミニゲームのプレーから解放される。そんな夢のようなツールだったが、これは不正アクセスであり、黒か白かで言えば明らかに黒だ。

5月末、まっする砲は速攻で対策され、不正を行ったユーザーには何らかの制裁が課されることが発表された。

それに対するユーザーの反応が、これこれだ。

まっする砲は、明らかなチート行為だ。にも関わらず、それに対する反応は賛否両論に分かれ、諸手を上げて受け入れるプレイヤーすら多く存在したことがおわかりいただけるだろうか。

皆は、それほどに疲れ果てていたのだ。まっする砲を喜ぶ者と、苦言を呈しながらもGITADORAアプリの惨状を憂う者の2種類しか世界には存在しなかったと言っても過言ではない。

そんな中、立ち上がった者たちがいた。

俺はその辺の事情を風の噂で聞いただけだから、正確な内容は知らない。

ただ、有志が集まって意見を募り、今のGITADORAの悪い点と、このように改善して欲しいという点を企画書にまとめ、署名まで集めた上で、KONAMIに対して送付したらしいという話を聞いている。

それに対して当時の俺は、積極的に協力するつもりもなければ、期待もしていなかった。KONAMIという企業が、そんなユーザーの声に耳を傾けてくれるとは到底思えなかったのだ。

7月10日。奇跡が起こった。

アンコールステージ・プレミアムアンコールステージの復活。

アプリ解禁の廃止。筐体上だけで完結する、隠し曲のゲージ解禁。

ランキングまでは戻ってこなかったが、半年、いや、XG3から数えれば1年半に渡る日照りに喘いでいた俺たちにとっては、涙を流して喜ぶほどの極上のアップデートだった。

MODEL FT3に続き、帰ってきたEXTRA RUSHと言えるプレアン更新の2曲目に並んだのは、memento mori -intro-。

ギタドラを代表するコンポーザー、むっちゃんとあさきによるボス曲の書き下ろし。

まんぷく氏は言っていた。「GITADORAでは、これまでのギタドラの贅肉を全部削ぎ落とした。これからユーザーの反応を見て、必要とされている要素を追加していくつもりだ」と。

このアップデートがスタッフの中で元々計算されていたものなのか、それとも有志による企画書が反映された結果なのかはわからない。

はっきりと言えることは。この日を境に、暗黒期に直面しながら、それでもギタドラを愛してプレーし続けてきた全ユーザーの胸に、希望の灯が再点火したことだ。

このアップデートが無ければ、KAC2013も全く違った形になっていただろうし、ひょっとしたらギタドラシリーズは本当に終焉を迎えていたかもしれない。

そして俺は。大型アップデートと同時に追加された曲の一つであるTEAR OFF YOUR CHAINを繋いでついに虹ネームに到達し、来たるべきKACに備え、全力の修行の日々を再開したのだった。

KAC2013予選

9月14日。KAC2013の開催が発表された。

前年までとの大きな変更点が、いくつかあった。

まず、全国5ブロック制が廃止され、課題曲の異なる5グループの中から任意に1つを選び、その中で上位3人ずつが決勝ラウンドに進出できること。

この形ならば、KAC2012の関西・中国ブロックのような悲劇は起こらないはず。

その予想は外れることになるのだが、それについては後述する。

次に、決勝ラウンドの開催地が変わった。

これまでは全国のゲームセンターの特設会場で行われていたそれが、予選通過者全員で六本木ミッドタウンホールに集合し、顔を合わせて戦う形式に変更されたのだ。

地方勢にとっては、移動距離が長くなったこの変更。その一因は、前年のbeatmania IIDX部門においてゲーセンごとの筐体格差により、公平な勝負にならなかったということをチャンピオンが提言したためとも言われている。

まぁどのような変更であろうと、やることは一つ。課題曲をこなし、高スコアを提出して、決勝ラウンドに進出する。そしてその上で今年は、優勝を本気で目指すのだ。

ここに並んでいるのが、ギタフリ部門の5グループの課題曲だ。

予選ラウンドの期間は、10月30日から11月25日。予選開始時点では全グループ共通のアルストロメリアとEvansの存在は隠されており、グループごとに異なる上側の3曲だけが公開された状態で、入るグループを選ぶという方式だった。

予選開始日からグループ入りの締め切りまでにどのぐらいの猶予期間があったかは覚えていないが、確か1週間程度だったか。少なくとも、アルストロメリアとEvansが明かされた11月12日よりは前にグループを選ばなければならなかった。

まず一見してわかるのは、Metallicが含まれたグループCだけ課題曲の難度が突出しており、他のグループではエクセに苦労しそうな曲はあまり含まれていないということだ。強いて並べるならば、C>>>>>E>A>D>>Bといったところであろうか。

スキルランカー達は前年の遅延地獄にこりごりしていたから、こぞってグループCに集結した。そしてその結果、グループCは前年を超える地獄の坩堝と化した。

遅延の腕に自信のある者は、主にAかBを選択した。これらのグループの曲は多くのワイリングを含んでおり、エクセ難度も手頃であった。逆に言うと、遅延に自信がない者がこの2つのグループを選ぶのは自殺行為だった。

グループDには、ぴことELCIE-G(えるしぃ)が参戦した。それを見て、おそらく多くのプレイヤーがここを避けただろう。

そしてグループEは、比較的エクセ難度が高い上に、ななろくという最強プレイヤーが参戦した。それを見た人たちはやっぱりここを避けた。

グループCが地獄と化したのは、上記のような事情からくる消去法でもあっただろう。

そして先にネタバレをするが、グループEの人たちは比較的美味しい思いをした。

それでは、各グループがどのような戦いであったかを、簡潔に振り返ることにしよう。

上から順に、A、B、C、D、Eである。アルストロメリアとEvansは全グループ共通だから、ここの点数を比べれば、どのグループが本当にきつかったのかということも含めて一目瞭然だ。

Evansでエクセを取得したのは、全国で4人。147万点以上に乗せている人たちがそうで、敏感さんはぎるたん、あっついはじじいさん、そしてぴこ君と、ななろくさんだ。

ちなみにななろくさんの1480200点は、理論値である。ワイリングの回数こそ少ないこの曲だが、そもそもエクセ難度が激烈に高く、細かい運指に絡むダブルブーストも1ヶ所存在する。

俺には一生とれる気がしないこの曲の理論値だが、ななろくさんは「せっかくだし出しとくか」と言って、既にエクセを出している状態からもう一回頑張って予選終了前日に理論値を取得した。

完全に覇王の道楽である。ななろくさんはKACでの優勝こそないものの、少なくともこの時期においてはスキルとスコアの総合力は間違いなくナンバーワンだったと思う。

それから、アルストロメリアの理論値は1634550点。取得者は、たまごさん、お疲れ様でしたさん、えるしぃ、ななろくさんの4人。

この曲はエクセさえ出せればそんなに大きな点差はつかないため、グループA、B、D、Eでは理論値云々の争いにはならなかった。一方、最後まで激しいデッドヒートを演じていたのがグループCだ。

Evansの得点、グループAやBでは軒並み144万点台が並んでいるのに、たまごさんとお疲れ様でしたさんは145万点に余裕で乗せているのが確認いただけるだろうか。

俺の得点である1449900が、グレ7に遅延をしっかり入れたスコアだ。ということは、上記の2人のグレ数はそれ以下。記憶違いでなければ、たまごさんがグレ1だったと聞いている。

ギリギリのところでエクセが出なかった中、合計1100点という僅差で決勝進出を逃したお疲れ様でしたさん。何を隠そう、これらいむ君である。

前年の関西・中国ブロック予選4位に続き、この年も最激戦区のグループCで4位という逆ボーダーに沈んだ彼。

突出したスキルの高さに加え、2012年に遅延力を磨いた彼ならば、グループC以外を選べば確実に決勝進出できていた。

それをしなかったのは、「真正面からやって勝たないと意味ないでしょ」という、彼の生真面目さによるものだ。

俺からすると、生真面目すぎる。もっとクレバーに立ち回れば、いくらでも光の当たる道を歩けたと思う彼の悲劇は、この年ではまだ終わらない。

その他、各グループの得点を見渡してもらえれば、栗坊さんの遅延力が群を抜いていることや、グループBのボーダー争いが最終日にもつれこむ熾烈なものであったこと、グループEはEvansのスコアが低くても通過できる美味しい状態だったことなどがわかるだろう。

えるしぃにはこの時初めて遅延を教えたのだが、すぐにコツを掴んでメキメキと上手くなり、無事予選を通過した。『ギタフリが上手い人に遅延を教えるとすぐ上手くなる』というのが遅延勢の中での定説だ。

『スコア狙いが楽しい』と言ってもらえたことも、俺にとっては嬉しかった。

そんな中俺にとっては、正直に申し上げるが、この年の予選は余裕綽々であった。

最初から、グループAかBを選ぶことは決めていた。しばらく他プレイヤーの動向を見守っていたところ、栗坊さんとすーちょ先生がAに入るのを確認。

直接戦いたい気持ちもあったが、ここで俺もAに入れば関西・中国ブロック予選の煉獄の再来だ。決勝進出の可能性を最大限に高めるため、俺はBを選択した。

そしてJasper、タクトシュトックの両方において、2012年に磨き上げられた遅延力を発揮し、1位のスコアを取得。Jasperではダブルブーストを4/6個、タクトシュトックでは重要な理論値超えを3/4個入れることに成功している。

なおこの時タクトシュトックで288万点台に乗せていたのは人類の中で俺一人であり、イキりにイキり散らかしていたのだが、この年の12月25日、「我が宿敵KAi君へ捧ぐ。戦場のタクトシュトック赤ギター、理論値+4!メリークリスマス!」というメッセージとともに華麗に歴代を抜き去られたのもいい思い出だ。

ちなみにぴこ君とえるしぃのMighty Windのスコアも相当極まったものであり、二人も結構イキっていたのだが、こちらの方も年末無事栗坊さんに抜き去られた。遅延界でイキると栗坊さんにわからされるというのが当時の鉄板ネタであった。

一方アルストロメリアのエクセには少し苦労し、解禁日の午前中に余裕でエクセを出したえるしぃが下の階でスロットを打っている中、丸一日粘着して何とかエクセを揃え、えるしぃを呼びに行った。

そして問題のEvansだが、えるしぃが正面から拍意識で攻略しようとしているのを尻目に、俺は『タラッタ奏法』と呼ばれる技術を使ってこれを攻略することにした。

タッタラッタラッタラッタラッタッというリズムが延々続き、細かい運指を要求されるこの曲だが、これをタッラタッラタッラタッラタッラッというふうに見ると、全てをハネた二連として捌くことが可能となる。

ハネ二連曲であるタラッタダンスを語源とするこの技術さえ安定させれば、Evansの難所はほぼ後半の1ヶ所の激しい運指のみとなる。グレが出やすいのが欠点であり、実際1回目のフルコンでは15個のグレが出たが、その後繋ぎ直してグレ7に抑えた。

優勝を目指して本気で腕前を鍛えていた成果が、この時のアルストロメリアとEvansに反映されたように思う。

ちなみにこれが、先日久しぶりにタラッタ奏法を駆使してやってみたEvansのリザルトだ。いや草。

さて、そんなこんなで11月16日の時点で、ほぼグループB1位通過を確定させた俺。

その後は戯れにjubeatの予選を触ったりしながら、優勝を見据えた特訓に入った。

KAC2013本戦に向けた練習

当時の俺は、医学部6回生。夏までに病院実習を終え、秋には卒業試験が待っていた。

京都大学というのは、学生を自由という名の野放しにすることで有名な大学だ。1回生の時に受けた英語担当の教授は、「うちの大学はね、3人の天才さえ輩出できれば、残りの97人はゴミでいいんですよ」とさえ言っていた。

卒業試験は約1ヵ月に渡って行われたと記憶しているが、その中にハロウィンの日が含まれており、その日は楽なことで知られていた耳鼻咽喉科の試験だった。

楽なのをいいことに、学年の半数ほどがハロウィンのコスプレをして試験会場に集ったのを鮮明に記憶している。

俺は比較的早く試験会場に入るタチだったから、その日も2番目に講堂に着いたのだが、1番に座っている人は上半身半裸であった。そう、『アラジン』のコスプレだ。

その後も入ってくるわ入ってくるわ、メイドに女子中学生に猫耳娘、カオナシもいればくいだおれ人形もいる、バカでかいスマホのコスプレをしてきて、「せんせースマホを出してる奴がいまーす」と言われてる奴もいた。

極めつけは、試験開始から10分後に入室してきた赤司征十郎だ。赤髪のカツラに洛山高校のユニフォームで入って来て、謝りながら試験問題を受け取り着席した彼の遅刻理由は、『ユニフォームの宅配便が届くのが遅れたから』というものであった。

いや赤司遅刻せんやろ。

そんな滅茶苦茶な大学だったから、卒業試験に無事受かった人間には、国家試験まで約3ヵ月間の完全なる自由時間が与えられた。

まぁこの期間が勉強のための自由時間になるのは全国の医学部あるあるだと思うのだが、うちの場合この間マジで大学から学生に対するアプローチは皆無だった。

それをいいことに、俺は最後のギタフリの練習に明け暮れた。

来年からは、社会人だ。学生の身分に甘えて全力で打ち込めるのは、今年が最後。悔いの無いように、全てを出し切ってみせる。

そう決意した俺は、12月21日の決勝までの約1ヵ月間、朝から晩まで毎日10時間以上ゲーセンに籠って本戦の対策に明け暮れた。

当時の非公式スキルランキング(公式のランキングは廃止されたが、有能なプログラマーの方が非公式に情報を収集して作ってくれていた)によると、俺の最終順位は35位、8770ポイント。スキル9000が11人しかいなかった時代だから、悪い数字ではないだろう。

実際、これが俺の人生における今のところの最高スキル順位だ。しかしそれでも、この年の本戦出場者の中では12番目。スキル的には勝算は低かったが、そんなことにはお構いなしだった。

むしろ数字が低い方が、相手も油断してくれるというものだ。スパランや稼ぎ曲の粘着などには目もくれず、ただひたすら本戦での勝率を上げることに全てを費やした。

主眼に置いたのは、発狂曲の攻略だ。前年はラリアット、カイザー、ブラブリ、RtIと、KONAMIから指定される中で超高難度曲が並んだラインナップ。

この年も、そのレベルが要求される可能性は高い。そう考え、レベル9フォルダを上から順に触っていった。1曲ずつ機械的に回し、端までいったらまた最初から。そんな無機質な特訓をまずは行った。

その中で、デイドリ紫Gにひょっとしたらいけるかもしれんという希望を見出し、少し粘着していたりはしていた。ミス2まではいけたが、人類初フルコンは逃した。まぁそこらへんが俺の限界だとは思う。

そうやって発狂の地力を上げ、各譜面に慣らしていきながら、KAC2011、2012を見返し、何か課題曲の傾向はないかと研究を進めていた俺。

エインヘリアル、エクセル、チャイニーズ、ラリアット、カイザー、ゲーム愛、プレデターズクリプト、ブラブリ。これらに共通する点は?

そう、『初出がアンコールである』ということだ。

それに気づいた俺は、歴代のアンコール譜面に特に重点を置いて攻略することに決めた。特にXG3と無印GITADORAのアンコールのラインナップにはかなりの時間を割き、得意なレベル帯であるXenon、Crazy blooms、クリムゾンゲイト、Last Song、Rosetta Stone辺りに関しては、フルコン安定に限りなく近いレベルまで持っていった。

この修行が、実を結ぶか否か。六本木入りする直前の段階では、それほど自信はなかった。

優勝を目標に据えて全力で練習してはきたものの、結局自分の努力はスキル35位程度が限界だった。

しかしながら、直前の練習によって、腕前にはブーストがかかった状態と言えた。

運が良ければ、ベスト4ぐらいには入れるかもしれない。そんな期待を胸に、12月19日、えるしぃと共に夜行バスに乗り込み、東京を目指すのであった。

本戦、そして準優勝

12月20日、東京に到着し、予約していたホテルに荷物を置いて、最後の調整のためにゲーセンへ赴いた俺の調子は、最悪であった。

あらゆる曲でミスが出る。直前練習は、何の意味も無かったのか。

絶望に苛まれながら、とりあえず食事をとり、ホテルに帰って昼寝をすることにした。

昼寝から起きたら、もう一度ゲーセンへ。すると、昼間の調子が嘘であったかのように、俺の腕には安定感が戻っていた。

S.LAUNCHER赤Gフルコンなどを出して安心し、ホテルへ戻った俺。この時体調管理の重要さを痛感し、二度と夜行バスでは来ないことに決めた。

えるしぃと同室でぐっすりと眠り、決戦の朝を迎える。会場は、六本木ミッドタウンホール。

この時の待遇が、あらゆる意味で歴代のKACにおける最高のものだ。

アジア王者のShawnさんも含めた、16枠という恵まれた枠数と、たっぷりとられた時間。豪華な会場にふさわしい、ちゃんとした広い控え室。レッドブルは飲み放題。

テンションを爆上げさせながら、まずは決勝トーナメントのくじ引きを行うことになった。

これが、1回戦の組み合わせだ。

最大の激戦となったのが、S.ランチャー(株)vs えるしぃの組み合わせ。S.ランチャー(株)とは、今のじじいさんだ。

その他優勝候補と目されていたのは、ぴこ君、たまごさん、ぎるたん(敏感さん)といったところ。俺の入った山は、比較的楽な方と言えた。

そして、隣の山にGO5-TEA3が入ったことに俺は興奮を覚えた。

GO5-TEA3は、ランカーの中で数少ない同い年のプレイヤーだ。他に同い年なのは、この年グループB4位で予選落ちしたR_VOX氏だけ。

前年のグランドフィナーレで出会って以来午後ティーさんとは親交を深めており、彼とこの場で戦えたらどんなに嬉しいだろうかと夢想しながら、1回戦を突破する気概を高めていた。

グループEを1位で通過したななろくさんは、プライベートを優先したため結局本戦の会場には現れず、繰り上げで4位のかぷさんが出場。そのかぷさんは元々ドラマニメインのプレイヤーで、出場者16人中唯一の金ネーム。

そんな要素も、午後ティーさんと戦えるのではないかという期待を高めていた。

そんなくじ引きを経て、ウォーミングアップ。この年は人数が多かったこともあり、1曲を最後まで弾かせてもらうことすらできず、半分ほどプレーした段階で打ち切りという形式だった。

不満ではあったが、他にどうしようもない。俺はいつもアップに使っていたセツナトリップを選び、照明やメンテに問題がないことと、当日の自分のコンディションを確認する。

驚愕したのは、ぎるたんのアップだ。彼が選んだのは、何と一網打尽紫G。いきなりプレーし始めたそれを、明らかにSランク取得ペースで軽々と弾きこなしてみせた彼。

何人がそれを見ただけで心をへし折られたかわからない。

そして始まった、KAC2013本戦。ギタフリ部門はトップバッターで、早い時間からの開催ではあったものの、大勢のお客さんが観戦に駆けつけてくださった。

その熱戦の行方は、動画で確認してもらった方が早いだろう。

また、決勝ラウンドのリザルトをまとめたページはこちらだ。

いくつかの場面をピックアップする。まず第1試合の課題曲の選定からして、予想を大きく外れたものだった。

まっする氏がくじ引きから引き当てたのは、『sola GITADORA ver.赤G』。続いてむっちゃんが引いたのは、『10000000000紫G』。

ラリアットとカイザーはどこ行った。

そう叫びたくなるほどの低難度楽曲。出場者の反応はまちまちだったが、中でも午後ティーさんの「やばい」という表情と、みやうら君の「いけるかも」という表情が印象に残っている。

みやうら君は全曲スキルフリークだから、低難度の空気曲になればなるほど有利だ。そして俺も、中難度曲の安定感には自信があるタイプ。このレベル帯での勝負は望むところだった。

そして、1回戦第1試合。しょごちゃんが誤ってsolaにランダムを入れてしまい、仕切り直しになるというアクシデントを経ながら、まずはプレーを終えたすーちょ先生としょごちゃんの二人。

しょごちゃんはテンビリでエクセを叩き出し、会場を大いに沸かせる。しかし、すーちょ先生もしっかりフルコンしており、solaでつけたリードを守り切って2回戦に進出。

続く第2試合。じじいさんは、『LONG曲やりたい』というカードネームで画面に登場。晴天Bon Voyage赤Gをしっかりフルコンしてみせる。

続いて画面に映ったえるしぃも、Cosmic Hurricane紫Gをエクセで返す。いくら7台の譜面とはいえ、KACの舞台できっちり揃えてみせるのは二人とも流石といったところ。ここは僅差でじじいさんが勝利を収め、2011年の準優勝者がここで姿を消した。

試合は続いていく。流石に緊張もあり、これ以降フルコンはなかなか出ない。ぷるすたーさん、ぴこ君、たまごさんが2回戦に進出。

特筆すべきは第6試合、Shawnさん vs ぎるたんだ。課題曲は、8-eight-赤Gと、Xenon紫G。

この時ぎるたんのエイトには、何と自己ベのグラフがついていなかった。エイトは、無印ギタドラの新曲だ。

つまりぎるたんは、この時のエイトが完全初見。ナメてんのか。にも関わらず、149万点という高得点を記録。これ、少なくとも90%は超えてたはず。SS乗ってたかどうかは覚えてないけど。

エイト赤Gやで?初見でそれってあまりにもエグすぎへん?

続くXenon紫Gも楽々とSSに乗せてみせ、アジア王者を粉砕。やはりこの男が、今年も優勝候補なのか。

そんな中、第7試合でようやく俺の出番が回ってきた。選曲は、Illuminati~光を求める者たち~紫Gと、Sky Runner紫G。

この時は、対戦相手のたまめさんが緊張で大崩れしてしまったことにより、俺は勝利を拾うことができた。

続く第8試合。課題曲は、DOUBLE IMPACT赤Gと、Jailbreak赤G。比較的高難度の2曲であり、ますます午後ティーさん有利のはず。彼の勝利に期待しながら、戦局を見守るが。

やはり、KACには魔物が棲んでいる。かぷさんは、2曲ともに金ネームとは思えない安定感のある高得点を記録。対する午後ティーさんは何でもないところでミスを出し、前年3位に入賞した時からはほど遠いリザルトに終わってしまった。

午後ティーさんとKACの舞台で戦えなかったのは残念だが、これが勝負の世界である。気持ちを切り替え、続くかぷさんとの試合に向けて集中力を高める俺であった。

……ていうか、改めて動画見るとこの頃のレベル設定むちゃくちゃだな。元禄紫G7.80って頭おかしいやろ。

さて、続く2回戦。観戦者の応援メッセージなどもあり、和やかな雰囲気で大会は進んでいく。じじいさんは『力ある人材募集中!』というカードネームに変え、S.ランチャー株式会社をアピールする。

度肝を抜かれたのは、ぴこ君のプレーだ。GAIA -GITADORA EDITION-で、800コンボ近いコンボを繋いでみせ、ぷるすたーさんを圧倒。やはりチャンピオンは格が違う。

続く第3試合、ぎるたん vs たまごさん。この試合が始まる前に、アクシデントが発生した。

機材トラブルにより、20分近く中断せざるをえなくなったのだ。

ここで司会の米倉さんが機転を利かせ、急遽まっする氏とむっちゃんへの質問コーナーが開かれることになった。

もし7月10日のアップデートが無ければ、この時の質問はGITADORAアプリやアンコールの撤廃に関する不平不満で埋め尽くされ、放送事故になっていただろう。

アップデートが行われた世界線である現世ではそんなことはなく、むっちゃんのアルバムやボルテとコラボしたアレンジコンテストの質問に始まり、たまごさんからのバトル復活の提案や、観戦者の女性からのロング曲復活の希望などが次々と出されていった。

これが、ロング曲復活を希望した女性に追随して出場者総出で行った嘆願のシーンである。栗坊さんに主導されて全員で椅子から立ち上がり、お辞儀をしに行ったのは良い思い出だ。

結局今ではロング曲もバトルも復活しているのだから、言ってみるものである。この調子でランキングも復活してくれれば言うことはないんだけど。

そして、機材が復活。たまごさんとぎるたんの試合の選曲は、『お米の美味しい炊き方、そしてお米を食べることによるその効果。赤G』と、『OVERHEAT -Type GD-紫G』。

パワー系の2曲が揃ったこの勝負、双方ともに500コンボ以上を繋ぐハイレベルな試合の末、たまごさんが勝利を収めてみせた。

実は、ぎるたんを決勝ラウンドの直接対決で討伐することに成功したのは、この時のたまごさんだけである。ぎるたんが本戦で敗れたのはこの時と2011の最終決勝5位、9thの東日本決勝3位の3回だけ。

本戦に出場した残りの4回で優勝していることは、皆さんもよくご存じだろう。本当にプレー回数が少ないくせに、本番に強すぎる。

さて、準々決勝第4試合、かぷさん vs 俺。選曲は、『Hunter ~どうしても欲しいもの~紫G』。KAC2011の予選でやりこんだ曲であり、自信がある。

内心ガッツポーズをしながら、続いて引かれた2曲目は。『戦場のタクトシュトック赤G』!?

その時俺は、思わず全力でガッツポーズを見せたが。後から考えてみると、オイオイオイという選曲である。

この曲は、予選グループBの課題曲だ。俺にとってあまりに有利すぎた選曲であり、かぷさんには申し訳ない思いがある。

そして、タクトシュトックが入っていたということは、他の予選課題曲もくじの中に含まれていた可能性があるということ。

実は、とあるルートでこの時のくじ引きボックスに入っていた曲は流出しているのだが。その中に、しっかりと含まれていた。かぷさんが選んだグループEの課題曲である、Grapes赤Gが。

もしそれを引かれていたら、おそらくここで俺は死んでいた。

そういう不公平が生じるようなことをするのは、やめていただきたい。今となってはこんな事態は起こりようがないが、肝の冷える思いである。

そして試合結果。かぷさんのプレーも素晴らしいものだったが、流石に運が俺に傾きすぎた。タクトシュトックできっちりと高得点を出し、俺はベスト4に駒を進めた。

望外のベスト4。開催前に密かに予想していた目標ラインに到達し、入賞記念盾の入手を確定させたわけだが。

夢はあくまで、その先にある。たまごさんという難敵を前に、コンセントレーションをさらに高める俺。

2回戦までは他の人のプレーを見ていたが、準決勝第1試合、じじいさんとぴこ君の試合は、実は見ていない。集中力を高めるためと、自分とは違うオプションを見て微細な感覚を狂わせないためだ。

結果は、ぴこ君の勝利。そしてこの時、俺の張ったヤマは見事に的中していた。

『アンコール曲の中から、課題曲が選ばれる可能性は高い』。そう思ってフルコン安定に限りなく近い状態まで高めていたうちの1曲、クリムゾンゲイトがここで選曲された。

そしてたまごさんと俺との試合、選曲は『Arena Sexarboris赤G』と、『Crazy blooms紫G』。ヤマが、またしても当たった!!

Arena Sexarborisも、決して苦手な譜面ではない。それに加え、選曲が発表された時のたまごさんの反応。

「Crazy bloomsって、どの曲だったっけ?」

これはいけるかもしれない。そう考え、まずは1曲目のプレーを始める。

俺のプレーも悪くはなかったが、流石は当時のスキルランキング3位、出場者中最高位であったたまごさんである。

自己ベのMAXもさることながら、この大舞台で序盤1ヶ所切りというのはなかなか出せる記録ではない。

この時点で俺は、8万点ほどのビハインドを背負うことになった。そして覚悟を決めた。

Crazy bloomsは、決して難しい曲ではない。逆転するためには、最低でもフルコンが必要。

ここで俺は、この曲を繋いでみせる。そしてその後は、天に任せることにする。

欲を言えば、エクセが欲しいが。開幕早々にグレを出し、その線が消えた以上は、何個グレを出してもいいからフルコンを狙いに行くという方向にシフトした。

そして。

これが俺のギタフリ人生における、最高の瞬間のうちの一つである。

ヤマを当てていなければ、おそらくこのリザルトを出すことはできなかったと思う。中盤の難所、終盤のリセット、全てに対策を立てた上で乗り込んでいたからこそのこの結果だ。

対するたまごさんのリザルトは実は、グレ0ミス2。最難所である真ん中切り。

そして、この点差。

12万点という余裕を持っているように見えるが、ギタフリというゲームのワイリングやフルコンボーナスの関係上、1ヶ所切っただけでスコアは大きく落ちる。

Crazy bloomsは最後に2個ワイリングがあるから、フルコンボーナスも加味して考えると、1ヶ所でも切っていればたまごさんを逆転することはできなかったということになる。

さぁ、たどり着いた決勝戦。相手はぴこ君。

彼との始まりは、V4でのバトル。当時名の知られていた彼と当たり、得意曲のThe Sound of Truthを繋ぎに繋ぎまくられて、ボコボコにされて返されたのが最初の思い出だ。

その後、V5ではグランプリの千本松仁杯で同点2位を獲得したり。トプラン決定戦2008の決勝に出場したり、Leaving All Behindのほぼフルコン動画を上げたりして、輝かしい活躍を見せていた彼の姿を、尊敬と羨望のまなざしでずっと眺めていた。

V4当時のLeaving All Behindの動画より。記憶違いでなければ、えるしぃはこの動画に感銘を受けてギタフリを本格的に始めた。

初代XGでは、スキルランキング1位。KAC2011では、優勝。

栄光の道を歩いてきた彼と初めて直接出会ったのは、2012年。その時も彼は、旅先であるにも関わらずBangin’ Breaks赤Bをフルコンしてみせたり、X-treme Grade紫GでSSを出したり。

ELCIE-Gも交え、一緒に三重まで行って彼に初めての伊勢海老を食べさせたり、錦市場で焼き牡蠣に舌鼓を打ちながら酒を酌み交わしたり。

万感の思いがこみ上げる中、王者への挑戦の1曲目として選ばれたのは、『白虎転生録紫G』。

左手か右手かで言えば圧倒的に右手派だった俺にとっては、正直言って苦手に属する曲目。それに加えて、白虎はアンコール曲ではなく、通常の隠し曲。特別な対策は打っておらず、苦戦が予想された。

そしてぴこ君のプレーは、王者の名に相応しい圧巻のものであった。付け入る隙が無いというほどではないが、当時のプレイヤーのレベルも鑑みて、一発勝負において出せるリザルトとしては最上級のスコア。

難所の三連滝は俺も繋いでおり、決して悪いプレーではなかったと思うのだが、この曲はワイリングが多いから、少しのミスの差でスコアには大差がついてしまう。

30万点差。これをひっくり返すのは、並大抵のことではないが。

諦めるつもりなど、毛頭ない。

頼むから、右手曲きてくれ。

それぞれに祈りを込めて合掌する俺たちの耳に届いた、むっちゃんの言葉は。

「MODEL」

きた!!!

MODEL DD9紫Gならば、本戦直前にミス2を出している。ぴこ君は高速が弱点だから、逆転は現実的!

また、DD10紫Gでもワンチャンはある!どちらかの曲!カモン!

「FT」

あ。

「3」

終わった。

MODEL FT3。無印GITADORA復活の狼煙を上げることとなった、最初のプレアン曲。

アンコールに対してヤマを張り、個別に対策を立ててきたその時の俺だが。FT3だけは、話が別だった。

12月中旬。レベル9台を一通り回し、その後アンコールのラインナップの対策を立てるという作業の中で、本戦の期日は刻一刻と迫る。

そんな中、終盤まで対策が打てずに残っていたのが、2曲。MODEL FT3と、memento mori -intro-。

どちらも俺が苦手とする、階段系の運指曲。残り時間的に考えて、どちらか1曲は捨てざるをえない。

そして俺が最後に対策を練ることを選んだのは、メメントモリの方だった。

2曲を比較した時に、まだ希望が見えたのがメメントモリの方だったからだ。

FT3は、俺にとって苦手中の苦手曲。対策するには、最も時間がかかる。

それならば、選曲されない可能性に賭けて、最初から捨ててしまおう。

優勝を目指すにあたってとらざるをえなかった、クレバーな選択。

俺の決断は、最悪の形で裏目に出た。

そして大会の最終結果が、これだ。

ぴこ君はFT3の高速も繋いでみせ、会場を沸かせた。動画で俺が切りまくっていたにも関わらず歓声を上げているのは、ぴこ君側の画面を見ていた人だ。

俺のリザルトも平凡ではあったが、それにしてもぴこ君のリザルトは仕上がっていた。

これが、王者の実力。はっきりと力の差を見せつけられ、この年の俺の挑戦は終わった。

しかし俺の胸には、一片の後悔も悲嘆も無かった。

やれるだけのことは、全てやった。友と全力でぶつかり合った。そして結果として得た準優勝と入賞盾は、らいむ君には申し訳ないけれども、俺自身としては満足してしまえるほどの大きな成果だ。

ぴこ君と俺の二人だけが見ることができた、檀上からの観客席の眺め。朝イチよりもさらに人は増え、会場を埋め尽くす人たちの笑顔。

こんな光景を見られることは、きっと二度とないだろうな。そんな思いを胸に、目の前の景色を脳裏に焼き付けようとする俺がいた。

そして、大団円。ぴこ君はこの後ボルテの決勝にも出ることを檀上で発表し、そしてそちらでも準優勝してみせた。この年のKACでも、彼は太陽のような輝きを見せた。

加えて俺が誇りに思っているのは、動画の最後に確認することのできる、ギタフリファイナリストたちの振る舞いだ。

次々に席を立ち、観客席に向かって一礼する。こんな行動をとったのは、この大会の全機種中ギタフリプレイヤーだけのはずだ。

血で血を洗う戦いの最中にあって、決していがみ合うことなく、爽やかに健闘を讃えあった16人。

決勝中の様々なタイミングで、抱擁が交わされた。

暗黒期を乗り越え、正々堂々と勝負を繰り広げ、固い結束で結ばれた俺たち。

2014年以降も、こんな栄光の舞台が用意されていることに期待しながら、六本木を後にする。

The 4th KACで、それまでとは比べ物にならないほどの蟲毒の壺にぶち込まれることになるとは、誰一人予想していなかった。

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コメント

  1. […] ランカーさんのこのブログ読んでランセレで地力鍛えるのいいなと思ってひたすら7.5〜7.9のランセレをやっている。 […]

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