憂き夜の 雨季の谷間を 生きながら

ふとしたきっかけで、幼少期のことを思い出していた。

誰にでもそんな時期があるのと同じように、俺にもまた、分別というものがついていないクソガキの時代があった。

小学四年生の頃の、朝のホームルーム。

ホームルームなんていうシャレた呼称はまだ日本に浸透しておらず、『朝の会』・『帰りの会』というシンプルな名前がつけられていたそのちょっとした時間の中で、ショートスピーチの当番が俺に回ってきた。

世はちょうどNINTENDO 64の全盛期で、スマブラ・マリパ・ゴールデンアイは放課後の時間を持て余した男子たちにとっての三種の神器だった。

俺は特にゴールデンアイが得意で、ツルミのグループが別で一回しか対戦せずに卒業を迎えてしまったクソ強かったMくんを除けば、小学生時代には誰かに負けた覚えがなかった。

ホームルームの前日にもいつも通り同級生を撃ち殺しまくった後であり、そのエピソードを面白おかしく脚色しながら、「みんなをブッ殺しまくってとても楽しかったです」というセリフを教室に放っていた。

男子小学生なんてアホの集まりで、死ぬとか殺すとかいう物騒な言葉を喜々として使いたがるお年頃だから、こんな過激な文言にも誰も表立って嫌悪感を示すことはなく、爆笑の渦とともに朝の会は終わった。

その空気を引き継いで教壇に立った担任のH先生は、たっぷりと沈黙の時間をとった後に、重い口を開き始めた。

間の悪いことに。その朝は、クラスメイトの女子のHさんの母親が、不幸にも病で亡くなった日の直後だった。

俺は、その事を知らなかった。

一般論として、そういう深刻な話題は親密な間柄でだけ共有されるものだろうから、ただのクラスメイトでしかなかったアホな俺や多くの男子たちが一切それに気づくことなくバカ騒ぎをしてしまったことについては、しかたのないことだったとは思う。

H先生の沈黙の中にも、そのことをこのホームルームという場で公にするかどうかの逡巡が大いに含まれていたことだろう。

しかし結局H先生は、全てを皆の前で話してくれた。最大限に押し殺した静かな口調で、しかし明確な怒りを伴いながら。

知らなかったことはしょうがない。運が悪かったことも否めない。それでも、「人を殺す」という物騒な言葉を公の場で言い放ち、笑い飛ばして盛り上がることが、どれだけのリスクを伴うことで、厳に慎むべきものであるかということを、10歳の俺たちに丁寧に教えてくれた。

時は移る。

小学六年生時。校内行事の一環として、『郵便屋さん』という試みが立ち上げられた。

各教室にポストを配置して、誰もが自由に手紙を出せる。郵便係がそれを回収して、宛先のクラスに配達する。

主な目的は、上級生と下級生の交流。1~4年生と5・6年生の校舎が別々であるという事情を汲み、下級生がお兄さん・お姉さんに質問をして、上級生が返事を出すというイメージ。

学年の垣根を越えた心温まる交流が広まって欲しいという、一人の先生の発案で始まったプロジェクトだった。

その計画を潰したのは、当時実質的な児童会長の役目をしていた俺だった。

「3日以内にこの手紙を10人の人にまわしてください。そうしないと、あなたは1年以内に死にます」

1970年代に流行した、昭和版チェーンメールとでも言うべき『不幸の手紙』といういたずら。

その存在を何かの漫画で読んで知った俺は、「何だこれ!面白そう!」という倫理観もクソもない発想の下に、下級生の教室宛ての手紙の中に、上記のような文面を2通忍ばせてしまった。

悪いことをしているという自覚は全く無かった。手紙を出す側からすればこんなのはただの悪戯であり、12歳にもなればこんな文面だけで人が死ぬなんていうことはありえないというぐらいのことは理解していて、そして10歳の頃に受けたはずのH先生からの叱責は、未熟な脳を揺らす高揚感の前では再生不可能なほどに薄れてしまっていた。

手紙の効果は覿面だった。

翌日には『不幸の手紙』を投函したのは誰かという調査が水面下で静かに始まり、それを悪事だと思っていなかった俺は無邪気に犯行を自白した。

その放課後、俺は皆が下校した後の教室に呼び出され、担任のK先生と向き合っていた。

「この手紙を出したのは、本当にお前か?」

「はい、そうです」

次の瞬間。黒板に頭を押しつけられてパニックに陥る140cmの俺と、鬼の形相で罵声を浴びせる170cmのK先生の姿が教室にあった。

K先生は一般企業を途中退職して小学校教師になった経歴の持ち主だったから、社会のルールというものに対して人一倍厳しくもあったと思う。

「お前みたいに皆のお手本にならんといかん奴が!!!何を思ってこんなアホなことをやらかしたんじゃボケが!!!」

流石に20年前のことなので、正確な文言は全く覚えていない。上記のセリフは感情に刻まれた残滓だけを元にして33歳の俺がひねり出した創作だが、まぁ大きく方向性を外してはいないはずだ。

人生の中で何かをやらかして他者からのお叱りを受けた回数は1度や2度では済まないが、その時々で自らの胸に去来する感情は様々だ。

「これはやってはいけないことだったな」としみじみと反省することもあれば、「こっちにだって言い分はある」と拗ねることもあるし、単純に「俺は確かにやらかしたが、お前の態度は気に食わねぇ」と反発が芽生えることだってある。

若く身勝手な反発心を湧かす頻度は思春期を通り過ぎると共に徐々に増し、社会人となって以降は徐々に落ち着いてきているようには思うが、小学生の頃のH先生とK先生の怒りに触れた瞬間だけは、それ以降とは明らかに違う感情に支配されたと記憶している。

責任ある成人男性が児童に対して放つ、全力の憤怒。有無を言わさず、逃げを許さず、ただ己の罪を受け入れるかもしくは心臓の鼓動を止めるかのどちらかしか許されないと錯覚するほどの激情。

H先生は静かに、K先生は激しく。形は全く違うものではあるが、2人が俺に対して伝えたかったことはおそらく、全く同じ性質のものだっただろう。

『郵便屋さん』は、即座に廃止された。

何故今のタイミングでこんなことを思い出したのかは、あまりよくわからない。

12歳以降も何度もやらかしを繰り返している以上は、俺の脳髄が懲りることなくこれらの叱責を薄れさせる選択をとり続けてきたということは否めない。

ただ、俺が色々なやらかしを犯しながらも、一応たぶん本当の意味で道を踏み外すことはなくここまで年齢を重ねてこられたのは、あの頃に俺を支配した心底からの恐怖の感情のおかげなのかもしれないとふと感じた。

義務教育を担う教師、特に男性の教師…と言ったら怒られるかもしれないが、それでも俺は特に男性が担うべき役割だと感じる…に最も求められるのは、勉学をわかりやすく教えられる知力でも才能あるスポーツ選手の開花を助けられる指導力でもなく、悪ガキが人としての道を踏み外さないように押しとどめてやれるだけの熱情であるという考えすらよぎる。

不幸にもそんな情熱に晒される経験を持たないままに歳を重ねてしまったなれの果てが、○○○○だったり○○○○だったりする可能性もあって。

隣の部屋の悪人は、隣の宇宙の自分なのかもしれない。

オチは特にないです。

浮世を辞する時をたずねる

K先生にはこのように人生で最大の激詰めを喰らったのだが、5・6年生の2年間担任を務めていただいた中で、本当に色々な思い出が残っている。

国語の授業中に俺のノートを覗き込んで、「こいつやっぱり頭えぇわ。さっき言われたこと全部覚えてスラスラ自分で書けよる。」と言われたことは、いささか俺を自信過剰にしたかもしれないが、学力に自信を持たせてくれたという意味で俺の人生の最大の武器を与えてくれたきっかけかもしれないし、

音楽が得意だった俺を『卒業式での仰げば尊しのワンフレーズ目をソロで歌う役』に指名し、浮かれた余りに練習の約束をすっぽかして友達と校舎を走り回っていた俺をとっつかまえて音楽室に引きずっていき、伴奏を弾いてくれたこともあるし、

夏の集会でスーツ姿の司会者のコスプレをしてステージ上に立つはずだったのに、父親から借りたネクタイの締め方が全くわからずに控え室で泣きそうになっていた俺を見つけて、一瞬でネクタイを締めてくれたこともあったし、

展示会に出す習字の課題で『責任』という単語を書いては破り書いては破る俺に職員室でずっとつきあってくれたり、県の最優秀賞をもらった作文は実はK先生による大幅な添削が入ったもので、そのことに当時は正直バツの悪い思いを抱いていたこともあったり、

こっそり体育館裏でタバコを吸っているK先生を見つけた時には、「ナイショにしといてくれや」とお茶目に笑われたこともあったりした。

そんなK先生は重度の喫煙歴がたたり、49歳にして呼吸器疾患で亡くなった。

俺が高校3年生の時、小学生時に住んでいた小豆島からは離れた本土で勉学に励み、いよいよセンター試験を迎えることになった前夜に、『やせ細り、呼吸苦に苛まれながらこの世を去った』旨を、一番仲の良かった島の同級生から知らされた。

大学生になったら。ハタチになったら。

小学校の頃お世話になった先生を囲んで、宴を開いて、お酒を飲みながら笑うんだ。

曲がりなりにも学年のまとめ役を担っていた身として、『GTO』などの同窓会シーンを読みながら、密かに胸に抱いていた願望の一つは、もう成就しない。

『現行の有害物質だらけの紙巻きタバコを地球上から消滅させる』ことが、俺の生涯の目標の一つとなっている理由である。

オチは特にない。

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