闘病生活① ~妄想の始まり~
2017年11月。私は、病に倒れました。
きっかけは、寝不足でした。たまたま当直の日程が詰まり、症例発表の準備が重なり、難しい病態の担当患者さんが重なり、忙殺された結果として、掛け値なしに1週間合計で10時間しか寝れなくなっていた時期でした。
「俺二徹だわ~」とか言いながら、実際はちょくちょく仮眠をとっているような状況というのは、よくあることだと思います。
当時の私は、本当に1週間で10時間しか寝ていませんでした。そしてその結果として、脳が壊れました。
ある日パソコンに向かって、患者さんのリハビリに関する書類を印刷していた最中に、突然頭から何かが迸るような感覚に襲われ、脈拍と呼吸が異常に荒くなり、普通に座っていることができなくなりました。
数分間休んでその状態からは回復したのですが、書類を持って病室へ向かった私は、日本語を理解することができなくなっていました。
通常時、書類に書いてある文面と自らの頭の中にある注意事項を織り交ぜながら、患者さんとそのご家族に対して治療目的とリスクに関する説明を行う。
主治医として半年間生活し、ルーティンとして慣れ始めていたはずのその簡単な作業が、できない。
頭の中で、二つのことがらが結びつかない。書類に書いてあることを、ただ棒読みすることしかできない。いや、それすらもできない箇所さえある。
「ちょっと体調が悪いので、代理の者を呼んできます」。
何とかその言葉を絞り出してスタッフルームに戻り、同僚に異常を伝えました。
上級医の診察を経てくだされた判断は、『とりあえず1週間休むこと』。
睡眠薬を処方され、勤務から早退し、その夜は久しぶりに、ぐっすりと眠りました。
しかし、事態はそれでは終わりませんでした。
翌朝目覚めた私は完全にハイになっており、処理しきれずに溜まっていた書類を書くためにこっそり病院へ赴きました。
そしてカルテを見返しながら、異常な考えにとりつかれました。
休みに入った私の代わりに上級医が出してくれたオーダを見ている時に、その上級医の声で頭の中に、『ちゃんと診ておくから大丈夫。安心して休みなさい。』と響きます。
頭の中の声は、止まりません。ある治療方法を見ながら、その治療の開発者の声が聞こえる。お昼ご飯のために病院を出た時には、旧友の声が聞こえる。
私は、『テレパシーに目覚めた』と、本気で信じ込みました。
完全な医学用語であるところの、『妄想』症状の始まりでした。
そして、ご飯を食べ終わり、病院に戻ってパソコンに向かっていた時。さらに異常な妄想にとりつかれました。
『この世は超能力者を中心としてアメリカ陣営と中国陣営に分かれて戦っており、今新たに超能力に目覚めた未熟な自分を中国陣営が殺しに来ようと向かっている』というものです。
文字起こししていて恥ずかしいぐらいの稚拙な妄想です。しかし当時の私は、それを本気で信じました。
『あと1分以内に味方のいる場所まで辿りつかないと、死ぬ』。そんな妄想にとりつかれ、とりあえず一人で向かっていたパソコンを切り、全力で走って救急外来を目指しました。
なぜ救急外来だったかというと、場所が近かったのと、研修医の主な仕事場なので、馴染みがあったからです。
しかしたどり着いた救急外来では、顔を見て『青』のイメージが浮かぶ人と、『赤』のイメージが浮かぶ人に分かれていました。
青い人がアメリカ陣営で、味方。赤い人が中国陣営で、敵。
そう思い込みながら、『赤い』人を避けて、まずは宿直室に駆け込みます。
ヤバい。周囲の反応に、『赤い』人の割合が多い。バリケードを作らないと。
椅子など、部屋の中にある大きめのものを手当たり次第にドアの前に動かします。慌てて、ゴミ箱をひっくり返してしまいました。
しかし、こんな即席のバリケードではとても人の侵入を防げない。そう悟り、思い切ってドアから外に出て、病院からの脱出を目指します。
走っている最中に、胸ポケットからPHSを落としてしまいました。
顔見知りの看護師さんがそれを拾って、怪訝な顔をしながら声をかけてくると同時に、PHSを私に向かって差し出します。
『赤』。敵だ。あのPHSを受け取った瞬間に、隠し持っているナイフで刺される。
そう思った私は、脱兎のごとく逃げ出しました。
何とか病院から脱出した私のスマホに、上司から電話がかかってきます。
『今どこにいるのか』という連絡。私はデタラメを伝え、スマホの電源を切りました。
町中の人たちも、『青』と『赤』に分かれている。
赤い運転手が私を轢殺するチャンスをうかがって車を走らせている一方で、青い運転手がそうはさせじと車を割り込ませる。
信号待ちをしている青い運転手の車を探し、助手席のドアを開けて勝手に乗り込もうとすると、「やめてください」と拒否されました。
そうだな、俺が乗ったらこの人も命の危険に晒されるもんな。そう思って、ドアを閉めます。
しばらくさまよった末に、私は少し外れた所にある、ゴルフクラブのカントリーハウスへ辿りついていました。
何となくそこが、『青い』陣営の総本山であり、安全地帯のように思えたからです。
ふらふらと屋内に入った私に、カントリーハウスのホストが「お疲れ様でした」と優しく声をかけてくれます。
今思えばあれは、普通にゴルフのラウンドを終えたように見えた客に対する声かけだったのでしょう。
しかし私にとっては、命の危険がある状態からの、帰還を示す合図に聞こえました。
もう、大丈夫。本気で殺されると思ってさまよっていたわけですから、それに応じた大きな安堵感と疲労感を抱いて、ソファに座ります。
そして冷静になることしばし。自分の今の状態が、『妄想』であることに気づきました。
精神医学用語における『妄想』は、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、経験、検証、説得によって訂正不能であるということ、内容が非現実的であるということが特徴です(Wikipediaよりコピペ)。
通常は、自分の力では訂正不能なそれですが。私の場合はおそらく症状が重篤ではなかったことと、元々医学知識を有していたことにより、自分が異常な状態であることにハッと気づけたのです。
そしてとりあえずスマホの電源を入れると、上司からの着信が数件。おずおずとかけ直し、病院で会うアポをとって、カントリーハウスを後にします。
病院に帰った私を、3人の上司が待っていました。
それほど深刻な表情ではなく、私と連絡がついたことに安堵している様子で、お弁当を差し出してくれました。
しばらくして実家から母親と弟も駆けつけ、今後の方針についての相談となります。
その時点で上司は、私の『妄想』には気づいていませんでした。
ただ、ゴミ箱をひっくり返し、外来から脱兎のごとく逃げ出し、しばらくさまよっていたという事実を知っているだけです。
しばらく実家に戻って、ゆっくり静養することが決まった私。
その話し合いの最中にも、再び『テレパシー』に襲われていました。
妄想の症状は、脳内のドパミンの過剰分泌に一因があると言われています。
カントリーハウスでは一時的におさまっていた過剰分泌が、再び始まっていたのでしょう。
妄想だと気づけていた冷静な頭は吹き飛び、再び交信に精を出す私。
普通は自分では、これが『妄想』だと気づくことはできないというのが、この病気の恐ろしいところです。
救急外来で睡眠薬を処方されることになり、待合室で座っていた私に生じた新たな妄想は、次のようなものです。
『自分は、目を閉じて念じるだけで女性を絶頂に導くことができる』
『世の中はセックスを中心に回っており、性的に満足している人だけが幸せな人生を送ることができる』
『自分はこの能力によって、世の中の女性と、引いては男性をも救うことができる』
書いていて本当に恥ずかしい、まるで村上春樹の世界のような最低な妄想ですが、心から信じ切っていたことです。
そして目を閉じ、待合室に座っている女性に向かって一生懸命に念を送っていた時。
アメリカ合衆国大統領、ドナルド・トランプからの、テレパシーが届きました。
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